蜜色週間


   .閑話休題



もともと、物心つくや否やというほどの幼い頃から
何からも守られずに生存競争の厳しい貧民街に居た子ではあった。
その異能力に目をつけて自分の手元にこないかと誘えば、自分が生きる意味をくれるか?と訊いてきた子で、
生き抜くことへの貪欲な下地もありはしたが、
それでもその幼さで生き延びるにはもっと過酷な裏社会の組織へ引きずり込んだからにはと、
誰にも付け込まれないような強さを叩き込むべく、
教育という名の下、そりゃあ厳しい接し方をし続けた。
何しろマフィアという悪の巣窟に身を置くのだ。
貧民街にも多少は居ただろう、子供相手なら手心も加えようという思考などありはしない。
文字通りの“実力本位”な弱肉強食な場所であり、年功序列なぞほぼ形骸化していて、
油断しておればすくすくと育った素地のある子にはあっという間に追い抜かれてしまう。
ましてや異能かかわりの存在、非力でも油断は出来ぬと、
数だけあてにされた階級の駒でも 愚鈍ながらにそういう方向へだけは頭の廻る奴らばかりがたんといる。
単純な妬みや焦りから、ひねられて食い殺されるくらいなら、
直属の上司である太宰から“使えぬポンコツだ”と日々傷めつけられている様を見せた方がいい。
贔屓され可愛がられているどころか、
貧民街へ戻るか?と言われているような足手まといだと憐れまれていた方がいい。
太宰自身、敵の多い若輩の実力者なので、
実情がどうであれ周囲の能無しな大人が幼子をどう思うかは元より承知。
それもあってのこと、手酷い育て方をしたのみならず、何も言わずに逐電し放り投げて出てったというに。

『僕はいつまで、あなたから打ち捨てられた遺児であればいいのですか?』

それはもうはっきりと外の組織に属し、
しかもポートマフィアとはくっきり敵対勢力にあたろう、
正義を冠する武装探偵社の人間となっていたというに。
それ故の反発も持ちながら、それでも評価を得たいと追ってきた子で。
しかもしかも、

『肝心なことを何一つこぼさず、危険なことや辛いことほど一人で抱えて。
 憎まれ役になってでもいいからと、
 水臭いほど一人で片づけようとなさるのを、我らとてちゃんと知っているのですよ?』

『そこからは入って来るな踏み込むなと制されているのがどれほど歯がゆいかっ。』

行き過ぎた“独善”をしようものなら、一人で背負うなと叱咤までしてくれるようになり。
その挙句には、

 『僕がそれを望んでいいのなら、
  僕は他の誰でもない貴方と幸せになりたい。』


  どうしようか、そんな格好で求婚されても……。
  まいったなぁ…。//////////


麒麟も老いては駑馬に劣る、とか何とか、
確か中也さんが誰かさんへ向けて言ってたんでしたっけねぇ。



     ◇◇


そういやそろそろそういう時期でもあるせいか、
少年たちの間で話題としたのはさほど唐突でもなかったのかも知れないが。

  マフィアの特別賞与って、
  消耗品だと“弾丸”だったり、
  消え物の代わりに “鏖殺予定の組織”だっていうのは本当か?と

「人虎が怯えながら訊いて来たのですが。」

外で声高に取り沙汰するような話でなし。
それでの耳打ちかと思ったら、
内容がそんなとんでもないことだったのですが。

 『断ったら、忠誠心も度胸もないのかと解釈されるんだって?』

いやに具体的、且つ、おどろ恐ろしい言い回しだったので、
単なる探偵社内トークとか、マフィアあるあるとも思えずと。
そうと言う彼もまた、あまりアメリカンジョークっぽい物言いには慣れがなさげな人柄の、
太宰の側からも最愛の 黒獣の覇者さんが、
疑ぐり100%な確信犯的な眼で見やってくるものだから。

「ああ済まない。そういやキミもあの子と親しいクチだったね。」

そんないい加減な話を吹き込んだ張本人こと、包帯包装された美丈夫様が、
せっかくの二枚目も台無しな、心許ない仕草で頭を掻き掻き言いつくろう。

  いやなに、あの子ったら
  本当に 中也中也と妄信執愛してるから、たまに釘刺さないとと思ったんだが。

お迎えに行くためだけに、書類整理もまともにやり遂げるようになった太宰が、
鼻歌混じりに帰り道を待ち伏せた愛し子は、
お顔を見やるとちょっとばかり打ち沈んだような顔をして見せており。
仲のいい人虎から 空恐ろしいところに居るんだねぇと
改めて問われたようで…なんてしょげられてしまい、

  そうだったね、キミとも仲良かったんだっけね。
  敦くんたら まずはキミの方へ訊いたのか、そこは盲点だったなぁ。

「何だか “ああ、君いたの?”と聞かれたようで懐かしいですね。」
「……ごめんてば。」

愛し子からぼそりと言い足された言に、
ただ身長差から見下ろすという意味以上に頭を落として項垂れている太宰で。
向かい合いつつも何やらごちゃごちゃ、低空飛行気味なやり取りをする師弟を指差し、

「良いか敦、あれを自業自得というんだぞ?」
「はぁ〜い。」

相も変わらず、賢すぎて一回廻って墓穴を掘っている、
そんな困った元相棒へ、
帽子の似合う箱入り幹部様が そのような容赦のない仕打ちを向けても
この場合は非難されないと思えたりする。





切っ掛けは愚にもつかない、太宰に言わせりゃあ勘違いから来る幻惑のようなもの。
任務の関係で傍に居るよな行き合わせとなり、
すぐの間近で数日ほどを過ごすこととなったマフィアの幹部様ってだけな人のはずが。

 まるで吸い込まれるよに、
 抵抗もないまま あっという間に惹かれてしまった子虎くんで。

決して“良い人”ではないのに、
気さくに接してくれた温かみや、博識で充実した人柄が何ともお素敵で。
そういえば 一旦攫われた白鯨から脱出した折に、
焦土と化しつつあった街に気を吐いて立っていた彼を見たのも思い出して。
ポートマフィアもヨコハマを愛しているのだと敦に印象付けたのは、
率先して Qの呪いから街を人を守ろうとしていた他でもない彼の姿であり。
その行動で示した侠気に酔わされ、目が離せなくなり。
自分は山ほどの人を殺したし、此れからだって続けると、
組織や首領に立てた忠節は何より優先されるのだと言い切った人なのに、

  それでも離れたくはないと、傍に居たいと思ってしまった。

タバコ混じりの甘い匂い、
せっかくの美麗な顔をやんちゃなそれへ弾けさせる頼もしい笑い方、
寒くはねぇかと傍へ寄ってくれた暖かさ、
どれもこれも “いいなぁ”と心絆されたものばかりで。

 自分と居たって良いことなんてないと振り切ろうとしてくれたのに
 それへだけはどうしても従えなくて…

視野に入ればそのままずっと見ていたくなる。
声の響きが胸を焦がす。
体の芯がじくじくと腫れ上がったみたいに熱いし痛くなる。

 ああそれは恋情という病だと

他人事のよにあっさり説いてくれたのは誰だったか。
今までずっと、自分には一番縁の無かったもの。
自分なんかを求めてもらえるはずなんてなくて、
好かれるなんて有り得ない、好きになんかなっては迷惑だろうって
ホントはあのね? これでも凄くたじろいだ。
でも、ボクより先にあの人ったら言ったんだ。

 『俺は紛うことのない人殺しなんだ。良い人なんかじゃねぇぞ?』

決して卑下して言ったんじゃあなくて、
嘘なんかじゃあないホントをわざわざ言ってくれただけで、でも。
でも、それって近寄ったって良いことなんかないぞって、だからやめとけって、
不幸から追い払うために わざわざ言ってくれたようなもので。

 それでもいいと
 一緒に居たいと思ったのは他でもない自分の意思からなのだから、と。

それこそ頑是ない子供の駄々のよに、むずがりよろしく言い切って。
苦笑交じり、勝手にしろとの承諾を得るに至ったのだけれど。

「だから、今更 マフィアだからどうのこうのとか、
 裏社会のあるあるネタなんて怖いはずないって高をくくってました。」

なのにちょっとだけおっかなくなって、芥川に確認取ってしまいましたと。
強がりだったんですね、改めて頑張りますから ごめんなさいと
猛反省する虎の子くんなのへ、

 「そかー、強い子になったな敦ぃvv」

偉い偉いと、
さらさらの白銀の髪を梳いてやりつつ、腹の底では今日も今日とて、

  “青鯖、ぶっ飛ばーすっ

そんな殺気がかっかと熾っていた、帽子が素敵な五大幹部様だったそうな。



 to be continued. (18.04.28.〜)





BACK/NEXT


 *中也さんと敦くんの真ん中BD、
  5月02日に向けて書き始めたのですが、
  枕というか取っ掛かりが太芥だったせいで ほぼ乗っ取られた前半となってしまいました。
  強いな、元マフィア師弟。(笑)

  ウチでは 油断すると太宰さんがちょっと情けない扱いになってしまうのが問題です。
  というか、この人が本気になったら、
  世界中の人々を敵に回すような手酷い言動をばらまいてから、
  その陰で凄まじい巨悪と無理心中しかねないからなぁと用心している
  中也さんとか森さんとか、そういうデカすぎる凄惨な話になりそうで…。